そもそも月見団子の意味、知ってます?

月見団子出典:http://four-seasons.xyz/

 

「月より団子♡」

 

それを言うなら「花より団子!」

 

そんな前置きはさておき、今回は月見団子トリビアですよ。

 

中秋の名月と言えば月見団子ですが、そもそもどんな意味があるのでしょうか?

 

結論から言うと、月見団子は秋の収穫を月の神様にお祈りする儀式です。

 

古代では、収穫がなければ飢えるのみ。秋の収穫は生きるか死ぬかの重要な関心事だったんです。

 

秋の収穫が天候に左右されることを考えると、月の神様に収穫をお祈りするのは当然の流れだったと言えますね。

 

月見団子の由来・歴史について

 

・お月見の文化は平安時代が最初。でも、、、

お月見の起源は平安時代出典:http://1star.info/

 

日本では、自然崇拝(アニミズム)が普通だったので、月を愛でる文化は縄文時代からありました。

 

現代のように、月を見ながら宴をするという風習は、平安時代に中国から伝わった説が有力のようです。

 

919年に宇多法王皇が月の宴を催したと、記録もあります。

 

平安貴族が月を見ながら、酒をたしなみ和歌や舞を楽しんでいた情景が目に浮かびますね。

 

平安時代ではなんと、月見団子ではなく、里芋をお供えするのが一般的でした。

 

その根拠は東アジアでは今でも、十五夜に里芋の収穫祭をする地域が多くあるからで、中国から伝わった当初も里芋を食べるのが自然の流れと言えるからです。

 

それでは、一体いつから、日本人は月見団子を食べるようになったのでしょうか?

 

・江戸時代後期になって月見団子が始まった!

月見団子は江戸時代後期から出典:https://edo-g.com/

 

実のところ、江戸時代中期までは十五夜は芋煮を食べるのが一般的で、月見団子をお供えしていた文献は見当たりません。

 

江戸時代後期になってようやく、月見団子をお供えする記述が文献から発見されるようになりました。

 

画像のように、月見団子を食べている絵が見られるのは江戸時代後期の作品からなんです。

 

そう考えてみると、月見団子を食べる風習ができたのはワリと最近なんですね!

 

ちなみに、芋が団子に変わったのは、米の収穫を感謝するためで、団子の材料は米が原料の上新粉を用いるのが一般的でした。

 

 

まとめると

平安時代 〜 江戸時代中期 → 里芋でお月見

江戸時代後期〜 → 月見団子でお月見

という流れ。

 

 

月見団子の歴史、意外でしたね。

 

月見団子の意味合いは、豊作を月の神様にお祈りする儀式

 

そして、歴史を辿っていくと、お月見の起源は平安時代に中国から伝わった説が有力で当初は団子ではなく、里芋をお供えしていた

 

中秋の名月に団子をお供えするようになったのは江戸時代後期から

 

時代と共に文化の変遷を見るのはおもしろいですね^^

 

私たち現代人も、過去の歴史に思いを馳せながら、食べ物への感謝の気持ちと共においしい月見団子を味わいましょう!